東京高等裁判所 昭和26年(ナ)42号 判決
原告 高川滝蔵
被告 千葉県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人の請求の趣旨並に請求の原因に関する主張事実は末尾添付の訴状並に準備書面記載のとおりであつて、後掲被告の答弁書中の抗弁事実に対し、本件選挙に際し田辺姓の立候補者が二名存在したこと及び立候補者田辺長太郎が染物業を営んでいた事実は争はないがその他の事実は否認すると述べた。
(各証拠省略)
三、理 由
原告が昭和二十六年四月二十三日執行された千葉県長生郡南白亀村議会議員の選挙に立候補し、八十八点の得票があつたが、同候補者田辺長太郎が同点であつた為め、抽せんの結果原告を当選者と決定し同村選挙管理委員会から当選の通知を受領したが、昭和二十六年五月五日当選無効の通知に接した事実、原告が訴願を提起し、これに対し原告主張のような裁決がなされ、原告がその主張の日に裁決書を受領した事実はいずれも当事者間に争がない。
而して右選挙に於ける立候補者中田辺姓が二名あつて、その内の一名田辺長太郎が染物業を営んでいた事実は当事者間に争がなく、被告が前記裁決に於て田辺長太郎に投票した有効投票と判定した投票用紙であることを当事者双方に於て認める成立に争のない甲第二号証によれば、候補者の氏名として「こや たなべ」と記載してあることが認められる。
おもうに投票は何人かを選挙せんとする選挙人の意思を表現する手段であるから、仮令投票に記された文字に誤字、脱字があり、又は明確を欠く点があつても、その記された文字の全体的考察によつて当該選挙人の意思が如何なる候補者に投票したかを判断し得る以上これを有効投票として選挙人の投票意思を尊重することを必要とするものと考へるところ、右投票の文字の記載は元より脱字、誤字を含み不正確たることは云う迄もないが、右記載を目して単なる記号、符号を記したものと判断するは非常識な見解であり、候補者中に田辺姓の者が二名も存在する以上右記載は「こや たなべ」と記載したものと認めるを相当とする。
そして染物業者を俗にこんや、こうやと呼んでいることは我国一般の慣習であることは当裁判所に顕著であり、こんや、こうやを文字に記す場合教育程度の低い者が往々「こや」と記す場合のあり得ることは経験上明白であると考えられる。証人田辺佐寛の供述によるも本件選挙の行はれた南白亀村地方に於てこの事例の存在する事実が認められるし、右投票の記載によるも該投票者は教育程度の高くないことを十分窺知し得るを以て右投票の記載は投票者に於て田辺姓の候補者が二名存在するからその内染物業者である田辺長太郎に投票する意図を以て特に「こうや たなべ」と記載する趣旨であつたことは明白と認められる。
当裁判所の以上の所見と異なる鑑定人兵藤益男の鑑定の結果は採用し難く、原告の主張は結局当裁判所の所見と異なる独自の見解に基く主張であるから採用しない。
然らば右投票は候補者田辺長太郎の職業をも記載したものとして有効投票と判定した被告のなした本件裁決には原告主張のような違法の点はなく、右裁決を違法としてこれが取消を求める原告の本訴請求は理由がないから公職選挙法第二百十九条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 牛山要 野本泰)